2015年12月に電通の社員・高橋まつりさんが長時間労働による過労から自殺をしてしまった事件は、日本でもっとも有名な過労死事件ではないでしょうか。
多くのメディアで報道があり、海外でも取り上げられました。
僕も報道が出た頃、過労とパワハラでうつ病となり、休職している最中でした。
当時の報道を見て、泣いていました。
今もこの事件に関する記事を読むと泣けてきます。
そして、僕が会社と戦おうと決意したきっかけとなった事件です。
僕の経験を踏まえて、この痛ましい事件の概要と、この事件と前と後に電通が起こしている労働事件とこれらの事件が日本の労働環境にどのような影響を与えてきたのかを分析するとともに二度とこのような事件が電通や他の企業で起きないことを願い、過労死事件を起こす会社の体質を考察したいと思います。
事件概要
2015年12月25日に電通の社員が長時間労働による過労からうつ病を発症して自殺してしまった事件。
※電通はこの事件以外にも過労死事件を起こしていますので、このページで「電通新入社員過労自殺事件」と以降記載します。
勤務先
日本最大手の広告代理店・株式会社電通
亡くなった方
当時24歳の女性社員・高橋まつりさん
勤務状況
2015年4月に入社し、デジタル・アカウント部に配属。
2015年10月から同部署の人員が半減し、業務量が大幅に増加。
この月の時間外労働は過労死ラインと言われる1ヶ月80時間の時間外労働を大幅に超える約130時間の時間外労働が入退館記録のデータより推定。
電通社内では労使協定の時間外労働を越えないように勤務時間を過少申告するように指示が行われていた。
11月上旬にうつ病を発症していたと推定。
また、自身のツイッターで長時間労働や上司からのパワハラ・セクハラを疑わせる内容の投稿されている。
11月後半に上司に業務量を減らしてもらいたいと願い出ていたが、労働環境は変わらず、12月25日に社員寮から飛び降り自殺してしまう。
労災
2016年9月 三田労働基準監督署が長時間労働による過労でうつ病を発症した自殺として労災認定
損害賠償
2017年1月 会社側が未払い賃金と慰謝料を支払い、再発防止対策を約束し、遺族に謝罪することで和解が成立
和解金は非公表とされていますが、同じような過労自殺の事件では1億円を超える和解金で支払いとなっており、この事件では裁判所も同額程度の金額での和解案が提示され、合意されたのではないかと思います。
電通は過去にも労使事件を起こしており、そのときは約1億6800万円の和解金を支払っています。
和解金の額が大きくなれば、電通や他企業への長時間労働の抑制効果もあると思いますが、遺族の方は過去の事件やこれまでの報道などを考慮し、再発防止策の約束に力をいれ、二度起きないようなことを期待し、願ったのではないかと僕は思います。
再発防止策
具体的な再発防止策について、和解した当日に遺族の方が行った記者会見の内容からご紹介します。
電通の社風の象徴を社員手帳から削除
4代目社長により1951年から社員の行動規範として社員手帳に掲載されていた「鬼十則」が削除されました。
鬼十則
1.仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2.仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3.大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4.難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5.取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6.周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7.計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8.自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9.頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10.摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。
深夜残業・休日出勤
電通は深夜残業や休日出勤は、私的な情報収集や自己啓発であったとして、業務ではないと主張していましたが、サービス残業をなくすこと、深夜残業の原則禁止するなど改革を始めました。
パワハラ防止
パワハラ防止のために全力を尽くすことを電通が約束しました。
業務の改善・改革の実施状況の報告
業務の改善と改革に向けて、役員・管理職が研修会を実施し、遺族側の話を直接聞く場を設けることを約束しました。
業務の改善・改革の実施状況を遺族に定期的に行うことを約束しました。
電通の対応と労働基準監督署の対応
労災認定前の電通の対応
当初、電通は高橋まつりさんの別れ話を利用して個人の問題が自殺の原因としていました。
これは、厚生労働省の「精神障害の労災認定」という労災認定の基準を記載された「業務以外の心理的負荷評価表」にある「失恋、異性関係のもつれがあった」と主張していたと思われます。
しかし、「失恋、異性関係のもつれがあった」は心理的負荷の強度「Ⅱ」とされており、労災認定基準では「Ⅲ」の一番心理的負荷の強度が強いものが複数あるときに、それらが発病の原因になっていないかと慎重に判断されることになっています。
労災認定後の労基の対応
2016年9月に労災認定し、翌10月に「かとく」といわれる過重労働撲滅特別対策班が電通本社、電通の名古屋・大阪・京都支社には地元労働局が臨検を行いました。
これまで電通には何度も労働時間に関する是正勧告を行っていましたが、今回の調査でも全社的に是正されていないことが確認され、2016年11月には、強制捜査に切り替えられて、家宅捜索が行われました。
2016年12月には、東京労働局(三田労働基準監督署の上部機関)は、電通と高橋まつりさんの上司に対して、違法な長時間労働させた上で勤務時間を過小申告させた行為を労働基準法違反の疑いで東京地方検察庁に書類送検しました。
書類送検後の電通の対応と刑事事件の結果
書類送検された12月28日に、電通の代表取締役社長が翌月の取締役員会で引責辞任することを発表しました。
電通社長が引責辞任した後、同月に、遺族との和解を合意しました。
2017年7月6日に電通に対して略式起訴、高橋まつりさんの上司は不起訴処分となりました。
2017年7月12日に、電通に対する略式起訴について、東京簡易裁判所は書面審理のみで量刑を決めるのは不相当と判断し、刑事裁判が開廷されることになりました。
また、電通本社が労働組合と交わしていた労使協定も無効と判断されました。
無効になった理由として、労使協定は従業員の過半数の同意を得て締結しますが、労働組合は電通の全従業員の半数より少なかったためでした。
2017年9月に東京簡易裁判所で電通社長が出廷し起訴内容の罪状認否を認め、東京地方検察庁は「自社の利益を優先させ、違法な残業が常態化していた」として罰金50万円を求刑しました。
2017年10月6日に東京簡易裁判所は「違法な長時間労働時間が常態化し、サービス残業が蔓延していた」として、罰金50万円の支払いを命じる判決を下し、控訴期限までに電通の控訴せずに、10月20日に判決が確定しました。
電通新入社員過労自殺事件が日本の労働環境に与えた影響
日本国内外で長時間労働による批判が強まり、刑事事件まで発展したことは、社会に衝撃を与えましたが、違法な労働環境が常態化し、わかっているだけでも3名の方が亡くなっている状況でも刑事的な責任は50万円の罰金刑でしかないということでした。
しかし、大きく報道されたことや政府が働き方改革に乗り出すきっかけになったことや、裁判の和解で再発防止策が明らかにされたことなどで企業を見る目が厳しくなった面もあります。
具体的には、2018年7月に働き方改革関連法が成立し、2019年4月から施行された残業時間の規制によって、36協定の特別条項を利用して最大で1年間6ヶ月の残業時間の上限を超えるということができなくなりました。
(働き方改革については、残業の上限規制の内容を含め、他の内容も別途最後に考察したいと思います)
また、この事件が大きく報道されたことをきっかけに僕も会社と戦おうと勇気づけられたことも事実であり、他にそのような方が多くいらしゃるのではないかと思います。
電通新入社員過労自殺事件より以前に電通が起こした労働事件
報道等で明らかにされているだけで、電通新入社員過労自殺事件より前に2件の過労死事件が発生しています。
また、電通グループ全体で4回の是正勧告を労働基準監督署から受けています。
電通新入社員過労自殺事件の裁判で遺族の方と和解合意で再発防止を約束していることから、和解合意した前と後で分けています。
1991年に発生した電通社員過労死事件
事件概要
1991年8月に電通社員が長時間労働によってうつ病を発症し、自宅で自殺してしまった事件。
勤務先
日本最大手の広告代理店・株式会社電通
亡くなった方
当時24歳の男性社員
勤務状況
1990年に電通に入社した男性社員は、ラジオ広告の企画と営業の業務を担当するラジオ推進部に配属。
1ヶ月あたり147時間もの時間外労働を会社から強いられていました。
1990年11月には徹夜で仕事を行うことも増えていました。
1991年7月まで男性社員の部署に人員の補充はなく、入社2年目となった7月頃から一人で担当する業務が増えて、新たな3局を担当し、営業補助なども行うようになりました。
加えて、パワハラ行為もあり、酒の席で上司から靴の中に注がれたビールの飲むように強要されたり、靴の踵で叩かれたりしていました。
労災
この事件について労災はどうであったのか記載されているものが見つかりませんでした。
おそらく、当時は精神障害による過労死の労災は認められていなかったと思われ、損害賠償請求が行われたものと推察します。
損害賠償
2000年に電通が遺族に約1億6800万円を支払うことで裁判が結審。
1991年に発生した電通社員過労死事件が日本の労働環境に与えた影響
この裁判によって、日本で初めて過労に対して会社の安全配慮義務を認めた事件です。
9年にも及ぶこの長い戦いがあったからこそ、明確に会社は安全配慮義務の責任を負っていることを他企業も労働者も認識することができました。
これ以降、会社に対して安全配慮義務を求め、過労で悩む人や過労死で亡くなった遺族の方が損害賠償を求めて行動を起こす人が増えました。
2013年に発生した電通社員過労死事件
事件概要
2013年に電通社員が長時間労働が原因で亡くなった事件。
勤務先
日本最大手の広告代理店・株式会社電通
亡くなった方
当時30歳の男性社員
勤務状況
この方の事件に関する内容はほとんどありません。
労災
2016年に過労死として労災認定
損害賠償
不明
2013年に発生した電通社員過労死事件が日本の労働環境に与えた影響
「電通新入社員過労自殺事件」で2016年10月に東京労働局の臨検という抜き打ち調査が行われた後に、はじめてこのような事件が発生していることが判明しました。
真相はわかりませんが、ご遺族の方の意向もあり、報道もなかったものと思われます。
当時、この報道以外にも電通が労働時間に対して税制勧告を受けていたことなども報道されており、1991年の過労死事件や高橋さんの事件と同じような長時間労働であり、きっと電通の中でも氷山の一角だと思いました。
こういった事件が明るみにでることや、電通の改善する意思が見えないことが最終的な刑事裁判の開廷につながったものと推察します。
電通グループに対しての是正勧告
2010年
電通中部支社に対して、違法な長時間労働と労働時間を把握していないため是正勧告
2014年
電通関西支社に対して、違法な長時間労働と労働時間を把握していないため是正勧告
2015年
電通東京本社・子会社電通九州に対して、違法な長時間労働と労働時間を把握していないため是正勧告
電通新入社員過労自殺事件以降に電通が起こした労働事件
2017年5月
小会社の電通東日本、電通西日本、電通九州、電通北海道、電通沖縄違法な長時間労働をさせたとして是正勧告
※労基署や労働局の調査時期や調査対象期間はわかりませんが、「電通新入社員過労自殺事件」裁判の和解後の是正勧告として紹介。
2019年9月
電通本社に対して、是正勧告
2019年9月是正勧告の詳細
調査期間は2018年度。
残業時間の上限を原則45時間に設定し、事前申請があれば月に75時間まで延長できる労使協定を締結していた。
しかし、月75時間を超えた事例が4件発生しており、事前申請をせずに45時間の上限を延長した事例が6件発生していた。
最長の時間外労働は156時間54分にも上っていた。
電通や僕が勤めたブッラク企業から見る過労死が起きる会社の体質と働き方改革に対する考察
電通は過去にも複数名の過労死事件を起こし、是正勧告後を何度も受けた後に「電通社員過労死自殺事件」の遺族の方と再発防止を約束し、刑事罰を受けた翌年に労働時間の違法を起こしていることからみても、「自社の利益を優先させ、違法な残業が常態化している」という検察の指摘が改善されておらず、体質は変わっていないと考えられます。
僕の勤めた会社の営業部に、電通の鬼十則をプリントアウトして配る支店長がおり、社員を詰めるときによく鬼十則の行動規範を唱え、根性論で「できるまでやってくれ」と言い続け、長時間労働と休日出勤を強いていました。
その支店長はパワハラも日常的に行い、他の支店でも同じようなに長時間労働とパワハラが行われていました。
この会社の新入社員の離職率は実に90%を超えていました。
支店長達も社長や役員から日常的に罵声を浴びせられており、その反動から同じように社員達にも行われるような体質の企業でした。
また、別のブラック企業の社長は鬼十則を社長が得意気に話したり、「電通社員過労死自殺事件」の前にはSNSで鬼十則を「今日の一言」のよう形式でアップして、社員や取引先にいかに自分が仕事に厳しく取り組んでいることをアピールしていました。
社長は社員たちにも同じ行動規範を行うように会議や朝礼で強いて、役員が同調するような体質でした。
この会社では、やはりパワハラを社長を行い、時間管理をせずに長時間労働が常態化していたため、僕を含め、2年間で6名の従業員が過労で休職してしまいました。
このように過労で体調を崩す社員が出たり、亡くなられてしまう方ででるような企業では、組織のトップが自社(店)や自分の利益を優先させ、従業員の健康を考慮せずに、少しでも長く働かせようと強いる体質があると考えられます。
また、組織のトップが自己の優先するあまりに、行動規範や価値観まで、従業員に同じようにもち、行動することを強いてくる傾向にあります。
長時間労働でろくに睡眠を取れないと正常な判断ができず、行動規範や価値観まで捻じ曲げられてしまい、最悪、希死念慮に襲われてしまいます。
僕は駅のホームや道路など倒れなかったので幸いにも生きていますが、当時、自分をストレスに強いほうだと思っていました。
しかし、わずか10ヶ月で楽になりたいと駅のホームなどで希死念慮に襲われていました。
医者や弁護士、労働センターの職員には、よく10ヶ月も続いたと言われました。
長時間労働やパワハラは受けたほうはとてつもない悪影響を受けますが、加害者側の組織のトップは自分たちにできることがなぜできないのか、金を払ってやっているのになんでやらないのかと、自分の体験や経済活動(利益を出すためには時間は関係ない)として常識だという感覚しかありませんので、体質まで改善するのは難しいでしょう。
僕が戦った企業の社長も、僕が休職した直後は、責任を感じていたような口ぶりでしたが、2ヶ月もすれば、なぜまだ復職できないのだと鼻で笑い、半年後には退職を強いるような状態でした。
僕の休職中も同僚の話では全く社内の環境は変わらず、僕以外にもうつ病になってしまい退職する人が出ている状態が続いていました。
僕との和解後は、さすがに多くの従業員から残業代を請求されると自分が損すると思ったのか、タイムカードと残業を申請制度にするのは導入したようです。
このように自己の利益を追求することしか考えていませんので、残念ながら、罰則と規制を今より厳しくするしか、長時間労働の問題は是正することはできないと考えています。
働き方改革で2020年4月から中小企業にも残業時間の上限規制ができ、今まで36協定の特別条項を利用することで1年間で最大6ヶ月で1ヶ月あたりの残業時間の上限がなかった問題がこれからは上限が100時間となります。
しかし、100時間では、過労死レベルの80時間を大きく超えており、過労による病気や自殺をなくすための施策としてはまだ弱いと感じます。
また、高度プロフェッショナル制度も職種や収入面、同意を得ていることを条件にしているものの、実際に長時間労働が許されてしまうと上述のように正常な判断ができず、労働者にとっては、極めて危険な状態を引き起こす可能性を秘めていると考えます。
一方で勤務間のインターバル制度や年次休暇取得の義務化、月60時間を超える残業に対する割増賃金率の引き上げは、時間外労働の抑制効果があると考えます。
徐々にではありますが、日本国内でも多様な働き方が認められてきており、長時間労働の規制も進んできています。
しかし、まだまだこの程度ではブラック企業の感覚としては、やったもん勝ちであったり、高度プロフェッショナル制度や裁量労働制などを使って、自己の利益を優先させる可能性があります。
社員としてとるべき道は、正しい知識を持つとともに正常な判断が行えるうちにブラック企業からは抜け出すことです。
方法は転職や退職、休職など色々あります。一人で悩まず、少しでも会社がおかしいなと感じたり、カラダやココロに異変を感じたら、自分の身を守ることを最優先しましょう。
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最後までご覧いただき、ありがとございました。
この記事が過労死について考えるきっかけになれば幸いです。
参考:
電通 ウィキペディア
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